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テル・レヘシュ、ウシュシュキン名誉教授

 今年のテル・レヘシュ発掘調査は少し変則的で、7月25日から先発隊の少数が第1週として小規模な調査を開始した後に、8月から本体が到着して、第2週目から大規模な発掘調査が始まっています。昨日の日曜日から第3週目が始まっています。昨日は、5月に日本を訪問されたテル・アヴィブ大学のウシュシュキン名誉教授とアヴィッツさんが、テル・レヘシュの現場にお見えになり、再会とご挨拶をすることができました。 

  昨日は雲ひとつないとても暑い一日で、私は、トータルステーションによるサーベイの補助で、地表に露出しているウォール(城壁)の実測をおこなうために、ウォールを覆っている枯れ草の除去作業を延々と一日行っていたのですが、朝9時の朝食の時間まではよかったのですが、その後のシェイドのない炎天下の作業は非常に厳しいものがありました。こちらでは、水が非常に大事で、毎朝、前の日から冷蔵庫で凍らせておいた大きなペットボトルをリュックに入れてかついでゆくのですが、それでは足りず、調査団として用意しているタンクの水をつぎ足して、ペットボトル大2本分くらいの水が簡単になくなってしまいました。

 そのような状況で、昨日は、現場作業や午後の作業、夜のミーティングなどはなにごともなかったのですが、昨日の夜中、突然ブルブルと寒気と全身の震えがきておさまらず、発熱をしてしまい、今日の現場作業はお休みをさせてもらいました。熱中症というよりも、クーラーの効きすぎだったのかもしれません。こうした場合、私にはバッファリンが万能の特効薬で、今日は昼までぐっくりと眠って休養をとることができました。もう大丈夫です。(K)

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朝5時、まだ夜明け前にキブツを出発

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朝8時、ウシュシュキン名誉教授一行が遺跡を見学

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昼、11時半、テルを下山して宿舎に戻る

シャバット、キブツ

 おはようございます。
 昨日、今日と、キブツでの休日を過ごしています。
 キブツでは、大学食堂のような大食堂があって、調査団のグループは、キブツの人たちに混じって、同じ食事をいただいています。シャバットの食事は、ふだんより少し豪華で、食卓にもテーブルクロスがかけられています。

 発掘調査のようすは、調査団の公式ブログ(テル・レヘシュ調査日記)でもみることができますので、リンクを張っておくことにします。(K)

テルレヘシュ調査日記

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テルの発掘調査

  イスラエルからの続きです。こちらは、日曜日から木曜日までが作業日で、アラブ系のワーカーの休日である金曜日と、イスラエル人の休日である土曜日(シャバット)が、調査団の作業の休みとなりますが、作業日は、集団生活のため、朝から夜までスケジュールがびっしりとつまっていて、ブログを更新する時間がなかなかありません。

 そこで、休日のうちに、発掘調査のことを少し書いておこうと思います。西アジアでは、新石器時代から鉄器時代にかけての多くの集落・都市遺跡がテル(アラビア語で丘の意味)になっていて、さまざまな時代の層が順番に積み重なっています。日本とは違って、建物の壁が石の基礎のうえに泥レンガを積み重ねた構造になっていますので、建物のプラン(平面系)をウォールの基礎石組みによって把握することができます。そうした建物が作られては壊され、また作られての繰り返しとなって、泥レンガの崩れた層がうずたかく積み重なってゆくことになるわけです。

 発掘調査では、各時代の建物の平面形を確認するとともに、断面(セクション)によって、層の積み重なりを確認し、写真や図面によって記録を残してゆくことになります。今年は、テル・レヘシュの第1期発掘調査の最終年度なので、これまでに発掘した建築遺構の初歩的な保存作業も平行して進めているところです。(K)

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発掘作業風景

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出土した円形石組  後期青銅器時代? おそらくオリーブ搾油施設と思われます。

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調査区のセクション

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出土した石敷きなどの遺構は、1/50の縮尺で実測作業をおこないます。

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実測作業の道具

イスラエルで発掘調査を始めています

 7月31日に日本を出発し、8月2日から、イスラエル北部に位置するテル・レヘシュ遺跡の発掘調査をしています。日本も猛暑ですが、こちらはそれ以上の暑さです。7月の終わりまでは比較的涼しい毎日が続いていたのだそうですが、8月に入ってからは連日の猛暑になっています。

  出発前の7月29日には、駐日イスラエル大使のニッシム・ベン=シトリット夫妻が天理大学を訪問し、明後日の8日には、5月に日本を訪問されたテル・アヴィブ大学のウシュシュキン名誉教授がテル・レヘシュの見学に訪れる予定になっているなど、学術的あるいは文化的な交流も進んでいて、6年目になるテル・レヘシュの発掘調査プロジェクトがさまざまな形で注目を集めています。

  こちらでは、毎日、宿舎のキブツを朝の5時に出発し、11時半まで現場作業をして、キブツに戻り、昼食のあと、夕方の4時から出土資料の整理作業などをおこなう毎日が続いていて、今日がこちらに来て初めての休日となっています。調査団には、スタッフのほか、多くの学生や社会人のボランティアが参加していますが、今日は、大型バスを借りてエクスカーションに出かけていて、宿舎には、数名のスタッフが居残りをしています。

  後発組の天理参考館のみなさんも、今日の早朝、宿舎に到着し、休憩をしながら思い思いの時間を過ごしています。私は、エクスカーションとは別に、午前中、近くにあるベト・シャンという遺跡の見学に出かけてきました。青銅器時代~鉄器時代のテルのふもとに、ローマ~ビザンチン時代の町並みが広がっていて、テルのうえからみるとまさに壮観です。(K)

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金関恕先生が東大寺山古墳報告書とともに新聞で紹介されました

新聞での紹介、第4弾!!!
ホントに立て続けなので、びっくりです。

本研究室の創始者である金関恕先生(名誉教授)が、東大寺山古墳の報告書が刊行されたのを機に、読売新聞8月5日の「顔」欄で紹介されました。(0)

読売100805顔クリックで大きくなります

山本教授の論文が新聞で紹介されました

新聞での紹介、第3弾!!
続くときには続くのですねー。

山本忠尚教授の論文が7月29日毎日新聞「プラスα面文化・文芸」で紹介されました。(O)

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山の辺の古墳群、天神山古墳、説明板

  今日は、昼から、京都新聞文化センターで、「山の辺の古墳群と初期ヤマト王権」という話をしてきました。山の辺地域の古墳群の調査研究、保護・活用の歴史に焦点を当てながら、個々の古墳を見てゆきましたので、むしろ、「山の辺の古墳群と近代国家」あるいは、「山の辺の古墳群と現代社会」といった内容になってしまったかもしれません。

  講座の準備をしながら、大和天神山古墳に新しく設置された説明板(平成21年3月設置)も多国語対応になっていることに気がつきました。赤土山古墳の説明板は日・英・中・韓の四カ国語で、天神山古墳の説明板は日・英・韓の三カ国語ですが、多国語対応という点では、赤土山古墳よりも先んじています。

  天神山古墳は、1960年、現在の国道169号線を敷設する際に、墳丘の約半分がざっくりと削り取られてしまい、伊達宗泰先生が埋葬施設の緊急調査をおこなった古墳です。木棺の一部が残っていて、多量の朱と多数の鏡が出土しましたが、黒塚古墳と違って、三角縁神獣鏡は含まれていませんでした。説明板には、後年、伊達先生が花園大の学生たちと再作成した精密な実測図が用いられています。
  
  黒塚古墳、天神山古墳ともに、多数の鏡が出土しましたが、長さは100mを少し超える規模で、オオヤマト古墳群では中クラスの前方後円墳です。このクラスの古墳は、古墳時代前期、他の地域ではトップクラスになる規模ですが、そうした前方後円(方)墳が多数集まっているのがオオヤマト古墳群の特徴で、初期ヤマト王権の連合的な性格を示していると思われます。

  黒塚古墳のすぐ近くにある天神山古墳ですが、これまで、史跡に指定されておらず、また、現地には説明板もありませんでした。新しく県史跡に指定されたことに伴って、県が説明板を設置したわけです。喜ばしいことに、最近になって、天理市内の古墳について、説明板を設置する取り組みが進んでいますが、見学者が現地に立って各古墳の意義を理解し、実感するためにとても役立ちますし、ひいては、貴重な古墳の保護にもつながってゆくはずです。説明板の有り無しは大違いだと思います。(K)

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goo地図から

東大寺山古墳の報告書についての問い合わせ

  コメント欄にて、東大寺山古墳発掘報告書の刊行予定と申し込み方法についての問い合わせがありました。科学研究費の報告書はすでに完成しているのですが、市販品ではありません。市販品につきましては、京都の真陽社からほどなく発売予定です。定価は、まだ正式に決定していませんが、送料込みで1万円を超えないはずです。詳細は、真陽社にお問い合わせ下さい。(O)

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Archaeological tour

 昨日は、雨の中、ウシュシュキン先生をご案内して、考古学関係の博物館や遺跡を中心にしたエクスカーションをおこないました。参考館分室、桜井市埋蔵文化財センター、飛鳥資料館、石舞台古墳、そして最後に天理参考館を見学したのですが、そのいずれにもたいへん感銘を受けておられました。さすがに橿考研の博物館は時間がなくなり、あきらめました。折しも飛鳥資料館では、キトラ古墳の壁画を公開中で、このあいだの日曜日に出かけたときには結構な人出で、壁画の実物をゆっくりと見ることができませんでしたが、今回は、月曜で雨天ということもあり、遠足の小学生以外は、見学者もまばらで、壁画を観察することができ、その鮮やかさに感銘を受けました。でも、説明文が日本語しかないのは残念でした。天理参考館の場合のように、せめて、キャプションだけでも英語があればと思います。  

 桜井市の埋蔵文化財センターでは、卒業生のFさんに無理を言って、いきなり押しかけてしまいましたが、ウシュシュキン先生、展示の内容が印象的だったらしく、とてもいい博物館だと言っておられましたよ。対応をしていただき、どうも、ありがとうございました。(K)

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レヘシュ・プロジェクトのウェブ・サイト、リニューアル

 2006年に天理大学がイスラエル考古局からライセンスを得て始まったテル・レヘシュ遺跡の発掘調査ですが、2008年からライセンスが立教大学に移り、今夏で第1期調査の最後となる6シーズン目を迎えることになり、一区切りがつきます。すでに発掘調査のボランティア募集も締め切られ、天理大学からも数名が参加してくれることになりました。
 
 そのテル・レヘシュの発掘調査プロジェクトのウェブサイトがしばらくぶりにリニューアルしました。発掘調査が始まった頃に私が作成したまま、長く更新されていなかったのですが、立教大学の関係者の尽力によるものです。発掘調査のさまざまな写真が見れますので、是非アクセスをしてみてください。(K)

Rekhesh Project HP

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