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滋賀県上御殿遺跡の鋳型

中国調査に行っている間に、滋賀県上御殿遺跡出土の鋳型について報道されました。

「けったいな発見」にとても驚いています。
日本の青銅器の常識にのっからない、大きな発見だと思います。
私(小田木)の研究分野にも関連することから、幸運にも報道前に実物を見せてもらっていました。

各紙が丁寧に伝えてくれていますので、内容はそれに譲りましょう。
恥ずかしながら私のコメントを掲載して下さった紙もあります。(O)

http://www.asahi.com/culture/update/0808/OSK201308080105.html
http://mainichi.jp/feature/news/20130809ddm041040121000c.html

コメント
大和黎明
上古代の歴史を知ろう。近江湖北街道に位置する,高島市上御殿遺跡は図らずも、オルドス刀鋳型として中央アジアの痕跡を現在によみがえらせのである。それを、上古代倭国形成を近江豪族ワニは伝承したのであろう、それが守山市伊勢遺跡周辺の銅鐸文化へとその痕跡を見せ、その後「後漢中平の大刀」として倭国に内乱勃発の「黄巾の乱」への支援を求め来たあかしであろう、それが時を経て現在の奈良天理市東大寺山古墳から出土したのであろう。古代近江のワニが黎明に果たした役割は大きい。古代近江の見せる大和形成、それは倭国から大和へ、統一君臨を示す「御肇国天皇(はつくにしらすすめらみこと)」の登場で、この国の形が誕生し、魂の薫育光輝ある歴史が始まるのである。「大和黎明」はその起源をかたりつくす。
by: 平田修吾 * 2014/02/12 17:45 * URL [ 編集] | UP↑

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