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震災一年 陸前高田市訪問

先日、3月11日に行われた
東日本大震災津波岩手県・陸前高田市合同追悼式にあわせて、
震災後、初めて陸前高田市に寄せてもらいました。
考古学・民俗学研究室の卒業生で、
陸前高田市立博物館の学芸員の鈴木綾さんに会ってきました。
彼女は、被災後の博物館で、修復作業に全力で取り組んでいます。

3月10日午後8時20分、
大阪難波から出発した夜行バスは、
明朝8時30分に無事、仙台駅前に到着。
その後、午前9時に気仙沼・大船渡行きの高速バスに乗り換えました。
仙台から東北自動車道を北上、
一関より東へ向かい、気仙沼市内にさしかかったころから、
風景が一変しました。
市内の目抜き通りの両側に、津波で押し流された船が、
そのまま横たわっていました。
陸前高田市内に入ると、津波の被害を受けた市街地は、
見渡す限りの平地と化していました。
ところどころ、瓦礫が積み上げられて、
小高い山ができていました。

バス停に迎えに来てくれた鈴木さんが、
陸前高田市立博物館を案内してくれました。
まわりには、博物館と図書館、体育館のほか、
ほとんど何も残っていませんでした。
改めて、津波の恐ろしさを感じました。

DSCF1327_convert_.jpg


写真 右側の茶色の建物が高田市立博物館

廃墟となった博物館の中を、
一部屋ずつ丁寧に案内してもらい、
再開にむけての作業が山積みになっていることを痛感しました。
これまで、考古学・民俗学研究室からも、
皆さんのご協力のもと、高田市立博物館に、
支援物資や図鑑などを送らせてもらいましたが、
改めて、そうした活動を続けていくことの大切さを感じました。

鈴木さんといっしょに、高田松原の「奇跡の一本松」まで歩いて行きました。
かつて2kmにわたって7万本植えられていたという松原の、
津波で一本だけ残った、あの松です。
鈴木さんは、地元にいながら、忙しくて近くまで行く暇もなかったとのことでした。
根腐れが心配されていますが、一本松は、人々の希望の象徴として
高くそびえていました。

DSCF1384_convert.jpg


そのあと、鈴木さんと一緒に、
追悼式に参列しました。

今年、5月12日(土)に開催が予定されている考古学・民俗学談話会に、
ゲストスピーカーとして鈴木綾さんが来てくれることになりました。
震災後の高田市立博物館での作業の様子を発表してくれます。

詳細は、改めてお伝えいたしますので、どうぞ皆様、
ふるってお越しくださいませ。

考古学・民俗学研究室では、
高田市立博物館に支援物資を送る活動を今後とも続けていきますので、
引き続きご協力のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。
(安井)

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