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山の辺の古墳群、天神山古墳、説明板

  今日は、昼から、京都新聞文化センターで、「山の辺の古墳群と初期ヤマト王権」という話をしてきました。山の辺地域の古墳群の調査研究、保護・活用の歴史に焦点を当てながら、個々の古墳を見てゆきましたので、むしろ、「山の辺の古墳群と近代国家」あるいは、「山の辺の古墳群と現代社会」といった内容になってしまったかもしれません。

  講座の準備をしながら、大和天神山古墳に新しく設置された説明板(平成21年3月設置)も多国語対応になっていることに気がつきました。赤土山古墳の説明板は日・英・中・韓の四カ国語で、天神山古墳の説明板は日・英・韓の三カ国語ですが、多国語対応という点では、赤土山古墳よりも先んじています。

  天神山古墳は、1960年、現在の国道169号線を敷設する際に、墳丘の約半分がざっくりと削り取られてしまい、伊達宗泰先生が埋葬施設の緊急調査をおこなった古墳です。木棺の一部が残っていて、多量の朱と多数の鏡が出土しましたが、黒塚古墳と違って、三角縁神獣鏡は含まれていませんでした。説明板には、後年、伊達先生が花園大の学生たちと再作成した精密な実測図が用いられています。
  
  黒塚古墳、天神山古墳ともに、多数の鏡が出土しましたが、長さは100mを少し超える規模で、オオヤマト古墳群では中クラスの前方後円墳です。このクラスの古墳は、古墳時代前期、他の地域ではトップクラスになる規模ですが、そうした前方後円(方)墳が多数集まっているのがオオヤマト古墳群の特徴で、初期ヤマト王権の連合的な性格を示していると思われます。

  黒塚古墳のすぐ近くにある天神山古墳ですが、これまで、史跡に指定されておらず、また、現地には説明板もありませんでした。新しく県史跡に指定されたことに伴って、県が説明板を設置したわけです。喜ばしいことに、最近になって、天理市内の古墳について、説明板を設置する取り組みが進んでいますが、見学者が現地に立って各古墳の意義を理解し、実感するためにとても役立ちますし、ひいては、貴重な古墳の保護にもつながってゆくはずです。説明板の有り無しは大違いだと思います。(K)

s-P1020678.jpg

s-図2

s-天神山周辺4
goo地図から

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