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田井庄、野神さん、大和の建て倒れ

  岩室のあたりを自転車でぶらぶらしたあと、足を伸ばして、自宅とは反対側の田井庄(たいのしょう)のムラの様子も観察してきました。青空が広がり、ひばりの鳴き声も聞こえます。田井庄といえば、天理大学の体育学部のあるところですが、体育学部の新しい体育館前の交差点は「地蔵前」という名前がついていて、お地蔵さんの後ろに、奈良盆地の伝統的村落のはずれでよく見られる「野神」さん、大きな樹木がまつってあるのを見ることができます。

 田井庄の本村は、やはり典型的な大和の伝統的村落。自転車で通勤の際、私はいつもこの田井庄のムラの狭い迷路のような道を通り抜けて、天理駅の方に向かっています。ムラの外に広がる水田は、もう、田植えを待つばかりの状況になっています。ちょうど、水路の水口から苗代に水をひいているところを通りがかりました。

 天理大学の国文学国語学科の出身で、現在は富山大学で教鞭をとっている社会言語学のN氏が、まだ天理にいた頃、京都の着倒れ、大阪の食い倒れ、大和の建て倒れという話をよくしていましたが、大和の伝統的村落は、家屋敷はみな広い敷地のまわりを四角く塀で囲み、門構えや蔵もとても立派です。家家の軒を飾る甍の連なりが銀色にまぶしく光り、しっくいの白壁が際だつ独特の景観は、時代劇に出てきそうな城下町のような雰囲気です。岩室や田井庄では、その中に、ひときわ目立って、うだつを設けた大和棟の母屋が建てられている姿を今も見ることができます。

 田井庄では、ムラを囲む環濠の名残が今も残っていて、草木が生い茂るそのたたずまいを見ていると、私などは、弥生時代の環濠集落もこのような雰囲気だったのかもしれないなどとつい想像を逞しくしてしまいます。(K)

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