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年輪年代法、大型建物

 金曜の1限目、9;00から始まる「考古学概論」。今日のテーマは理化学的年代測定法でしたが、日本の考古学でもさまざまな成果をあげている年輪年代法と放射性炭素年代法を中心にとりあげました。年輪年代法は、1年のサイクルをもとに年代測定をおこなう年周期法のひとつですが、ヒノキではBC912年まで、スギではBC1313年までの暦年標準パターンが作成されています。

 大阪府池上・曽根遺跡では、地下水に守られて、弥生時代中期後半の大型建物の柱穴に柱根が腐らずに残っていましたが、その柱根はヒノキ材を用いていて、幸い、樹皮の一部が残っていましたので、年輪年代法によって伐採年代がBC52年であることがわかったわけです。これによって、近畿地方の弥生時代中期後半の年代観が変更になり、それまで間接的な証拠から紀元後1世紀頃だと考えられていたのが、さかのぼって、紀元前1世紀頃だと理解されるようになりました。

 これに対して、昨日、沢遺跡の発表をおこなった田原本町の豆谷さんが発掘調査を担当した唐古・鍵遺跡の第93次調査では、大型建物が検出され、池上・曽根遺跡の場合と同じように、柱穴のひとつに巨大な柱根が残っていました。当時、豆谷さんのご厚意で、私は学生たちといっしょに柱材の抜き取り作業に立ち会わせてもらったのですが、クレーン車で柱材を引き上げる作業は、まるで1トン爆弾の不発弾を処理しているかのような光景でした。抜き取られた柱材の直径は約90cmで、平城宮跡で用いられている柱よりも太いものでした。

  ただし、残念ながらこの柱材は、ケヤキ材を用いていたために、年輪年代法を適用することができませんでした。ヒノキやスギとは違って、ケヤキについては、年輪年代法の暦年代標準パターンが紀元前までつながっていないからです。

  ケヤキと言えば、仙台の青葉通りが有名ですが、天理大学の研究棟の横にも、樹齢20年ほどの若いケヤキ並木があります。今の時期、その青々しい緑がキャンパスの雰囲気にちょっとした華やぎを添えてくれていますが、その樹相をみると、ケヤキは途中まではまっすぐに伸びるのですが、途中から枝分かれをして、ヒノキやスギのようにまっすぐ長い木材を取ることができません。唐古・鍵遺跡の柱材は直径が非常に太く、樹齢の高いかなり大きな木だったことがわかります。それでも、大型建物の上層部まで貫く通柱(とおしばしら)として利用できるような長い材を得ることができたのかどうか、疑問が残ります。

 弥生時代の大型建物に関しては、7月10日に開催される近畿弥生の会で、和歌山市太田・黒田遺跡の第61次調査で見つかった大型掘立柱建物についての報告がエントリーされています。新しい事例として注目されますが、どのようなものなのか、報告の内容が楽しみです。

 ところで、唐古・鍵遺跡は、豆谷さんが担当をして、これから本格的な整備事業が進んでゆく予定です。多国語対応の解説板を是非、設置していただきたいと思いますが、いかがでしょう。整備事業もいよいよこれからという矢先、今日の新聞で報道がありましたように、遺跡見学のための駐車場内に設置された簡易トイレで残念な火災事故が発生してしまいましたが、考えてみると、大型建物が見つかった場所のすぐ近くですね。(K)

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直立して聳える石上神宮の神杉
大木ですが、樹齢は何年なのでしょう

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唐古・鍵遺跡の大型建物の柱材(ケヤキ)の直径をはかる豆谷氏

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新緑が美しいキャンパスの欅並木
電柱がなく広々しています

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大学構内の樹木には説明プレートが設置されています

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樹齢約20年のケヤキの樹相

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