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民俗学実習4日目

民俗学実習4日目。
今日の午前中で作業は終了です。
そのため最後に、重くてなかなか動かせない大型民具の整理に取りかかりました。
壊れかけた木摺臼(きずるす:木製の籾摺)や、唐臼(からうす:この地域ではダイガラ(台柄)とも呼ぶ)などをきれいに掃除し、計測して写真を撮影し、次々と体育館に運びました。



丸二日間の作業でしたが、体育館下の一角の民具を整理して、体育館内に並べることができました。
民具の種類も豊富で、また同種類の民具の点数が多いものもあり、多様性をみることができて、たいへん勉強になりました。
とても充実した民俗学実習を送ることができました。



午後からは、土井ケ浜遺跡・人類学ミュージアムを見学しました。
最初に、天理大学考古学・民俗学研究室の先輩で、当ミュージアムの学芸員である小林善也さんから、「考古学からみた土井ケ浜弥生人」と題した講義を伺いました。
弥生人の人骨が多数、発見された土井ケ浜遺跡では、墓は東西方向に作られ、みな頭部を東側にして埋葬されています。
つまり、頭蓋骨はみな西の方向、海に面しています。
それは、渡来系弥生人の代表である土井ケ浜の弥生人が、もときた海の方角を見ているのでは、という説と、東から西に向かって傾斜している地形に由来しているのでは、といった説があるといいます。
また、弥生時代中期になると、土井ケ浜遺跡周辺の、つまり海に近い付近の集落はなくなり、集落の位置はさらに内陸部へと移動していきます。
ところが、墓域だけはそのまま土井ケ浜遺跡の周辺に作られ続けていきます。
これは、渡来系弥生人としての集団の帰属意識を維持するためではないか、とも考えられています。
たいへん興味深い講義を聴いたあと、人骨の埋葬状況をそのままに示すドームを見学しました。
すべての人骨が西の方向を向く埋葬方法に、目を奪われました。









今回の実習では、葬送儀礼に用いられる、死者を運ぶガンを実際に見て、運ぶことができ、また、はるか弥生時代の埋葬状況も身近に見ることができ、死者に対する周りの人々の思いを、改めて想像することができました。



宿に戻ってからは、豊北町歴史民俗資料館館長の吉留さん、土井ケ浜遺跡・人類学ミュージアムの学芸員・小林さんとともに、みなで打ち上げをしました。
イカのおいしい刺身と久々のお酒は最高においしかったです。
明日はいよいよ最終日。特牛の港と漁港のセリを見学します。

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民俗学実習3日目

民俗学実習三日目。
午前中から各班昨日の続きにとりかかりました。





整理を始めた体育館下の一角が、作業開始前と比べ、だんだんきれいになっていきます。

予想以上に早く作業が進んだため、体育館の整理された民具を置いておくスペースがなくなってきました。
そのため、午後からは全員で体育館の民具を移動させ、スペースを作るところから作業スタートです。
私たちが整理した民具も大型の龕(がん)や唐箕など同じ種類のものを集めて、置き換えました。





午後になると雨が降り出したため、いったん作業を中断し、作業場所を旧中学校校舎の図書室に替えて再開です。
それでも雨のため、今日は少し早めに終えることとなりました。



最後に館長の吉留さんが、なかなか移動できない大型民具の整理ができてよかったですと述べられました。
きれいに整理がつくと、「大型ごみ」として捨てようなどと言われずにすみます。
ようやく民具保存の第一歩にさしかかることができました、感謝します、と続けておっしゃいました。
私たちの実習が、少しでもお役に立つことができて本当によかったです。

宿に戻り、またおいしい夕食を食べて、最終日となる明日も作業をがんばりたいと思います。

民俗学実習2日目

昨日の不安定な天候からいっぺん、今朝は雨もあがり、晴れ間も見えてきました。

特牛港(こっといこう)からバスに乗り、神玉役場前で下車。
そこから徒歩で旧第二豊北中学校を利用した豊北町歴史民俗資料館へ向かいます。

資料館へ着くと、早速、3班に分かれて校舎横に撮影場を設け、大型の民具から撮影を始めました。
整理する民具は体育館の下に置かれていたため、ホコリや泥が積もっているのをハケや雑巾できれいに汚れを落とします。

午前中は祭礼時の御輿と葬送儀礼に使う龕(がん)に取り掛かりました。



龕(がん)とは死者の収納した棺を入れて焼き場や墓所に運ぶための道具です。
子供用の龕(がん)、寺で用いていた龕(がん)などがありました。
中には特牛の4つの講が大正時代に共有していた龕(がん)もありました。



はじめは汚れていた民具も、ホコリを払い、水拭きをしたら見違えるようにきれいになりました。

午後からは各班それぞれ火鉢、行灯などの採暖具、唐箕、千把扱き(せんばこき)などの農具、弁当箱や七輪などを整理し、午後四時に作業終了。





整理できた民具を体育館の一角に並べていくと、今日の成果が一目でわかり、満足感でいっぱいになりました。



館長の吉留さんからも「予想以上に作業が手早く丁寧で、数多く済ませてもらいました」とお褒めの言葉をいただきました。



宿ではまた、海の幸満載の夕食をいただき、その後、資料の整理とミーティングを行いました。
今日も充実した一日となりました。



民俗学実習1日目

民俗学実習初日、台風15号が心配でしたが全員無事に新下関駅に到着。

そのまま観光バスで海岸線を北上し、長門二見駅に近い豊北町歴史民俗資料館資料収蔵室へ向かいました。
館長の吉留さんにご挨拶をし、収蔵品の解説していただきました。



また、明日からの民具整理の打ち合わせも行いました。

その後、大正時代の小学校を利用した豊北町歴史民俗資料館に見学へ行きました。
この小学校は滝部出身でクラブ化粧品を開発した中山太一が建てたルネッサンス式の木造建築です。



大変モダンな建物で、写真もたくさん撮らせていただきました。

続いて、角島に向かいました。
角島は、明治9年(1876)に完成した日本海側初の洋式灯台・角島灯台が有名です。
残念ながら強風のため、灯台には上ることはできませんでした。
105段ある螺旋階段は上ってみたかったです。本当に残念。



また、角島大橋のたもとに「平城宮若海藻上進之地」の碑があります。
平城宮跡より発見された木簡に、天平18年(748)3月29日、角島のわかめを都に献上した送状が含まれていました。
交流の証として碑が建てられており、角島で奈良とのつながりを発見しました。



その後、宿泊先の山月旅館に到着。
海の幸のご馳走にみんな大満足でした。

明日からの作業に備えて今夜は早めに休みます。

オープンキャンパス第2回

8月25日(土)、今年度2回目のオープンキャンパスでした。

今回は、齊藤純教授が「ササラって何だ?-民俗楽器を鳴らしてみよう-」と題するミニ講義を行いました。

各地のお祭りなどでよく使われる民俗楽器の一つであるササラがテーマです。
発掘調査で遺物が見つかるなどずいぶん古い歴史があるそうです。
参加したみなさんは、おそるおそる、そして興味深げにササラの実物に触れていました。

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長野県飯田市で遺跡探査

遺跡調査チームは、長野県飯田市教育委員会の依頼を受けて、遺跡探査を行いました。

飯田市での調査は、昨年秋に次いで2度目です。
日程は8月21日~24日の4日間。
羽場獅子塚古墳では墳丘および周濠、塚原二子塚古墳では主体部がターゲットです。
日中は遺跡で調査、夜は宿舎でデータの解析作業をおこないます。
最後の夜は飯田市教育委員会の方々との懇親会を開いて頂いて、楽しい時間を過ごしました。
最終日には、中間的なデータを用いて検討会を行いました。

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羽場獅子塚古墳での調査
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塚原二子塚古墳での調査
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夜の解析作業
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飯田市教育委員会の方々との懇親会
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検討会





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