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考古学概論、火山灰層、西都原古墳群

  本日、朝1限目の考古学概論は、「層位学と年代」がテーマでした。広域火山灰の問題が中心的なトピックのひとつでしたが、そのなかで、10数年前、宮崎県西都原古墳群の酒元ノ上地区でおこなった現場の写真を教材に取り上げました。

  西都原古墳群は、古墳時代前期から後期にかけて、墳丘をもった古墳が累々と河岸段丘上に展開し、日本を代表する古墳群のひとつとして知られています。置田雅昭教授(当時)が率いる天理大学チームが調査をしたのは、地下式横穴墓といって、地面に墓道の竪穴(シャフト)を掘って、さらにそこから横に墓室を刳りぬいてゆく南九州に独特の埋葬法を採用する墓制です。

s-図1

  天理大学では、平成4年、考古学研究室の開設に際して、地中レーダ探査機器をいちはやく導していました。それを活用し、レーダの応答が捉えやすい火山灰層が広がる南九州をフィールドにして、考古学における地中レーダ探査の有効性を確認することが調査の目的でした。地下式横穴墓は、破壊されずに残っていれば、地面の下にぽっかりと空洞が存在するわけですから、地中レーダでは、断面図上に、傘型の特徴的な応答が明瞭に現れることになります。

  西都原古墳群の酒元ノ上地区の地下式横穴墓では、幸い、地中レーダの明確な異常応答を捉えることができましたので、その検証のために、墓道の発掘調査もおこないました。墓室の開封はおこなわず、墓室入り口に小さな穴を開け、ファイバースコープを使って中の様子を観察しました。今は、古墳や遺跡の調査に際して地中レーダ探査をおこなうことは珍しくなくなっていますが、当時としては先駆的な試みだったと言えます。

s-P1050873.jpgs-P1050876.jpg

  さて、本題です。現場には、ちょうど高さ1mほどの崖があり、その崖上の平坦地に調査区を設定したのですが、探査と発掘調査に先立って、崖面の清掃作業をおこなったところ、写真のようなきれいな火山灰層(おそらくアカホヤか)の堆積が認められることがわかりました。アカホヤだとすれば、6,300年前に喜界カルデラの噴火によって火山灰が広域に降下した層ですが、南九州では、縄文早期と前期を分ける鍵層になっています。

  ところが、現場の崖面では、途中から火山灰層が途切れてしまっています。これはなぜでしょうか、というのが今日のミニテストの問題でした(とくに成績とは関係ありません)。受講生の解答で多かったのは、地震によって地層がずれてしまったのではないかというものでした。残念ながら、これは正解ではなく、火山灰層があとから掘られた穴によって切られてしまっているというのが正解です。ちょっと写真がわかりにくかったでしょうか。

  当時、同じ問題を現場に参加していた学生たちに聞いたのですが、U君の答えが秀逸で、現場での珍問答を今も忘れることができません。
  
  私 「どうしてこの部分は火山灰層が途切れているのでしょう」
 
  U君 「そこだけ火山灰が降らなかった...」

  一同 (笑)

  私 「ほー、なるほど。。。」(座布団1枚)

  懐かしいですね。Uさん、お元気ですか?? 
 

追記:  宮崎県の口蹄疫問題、早く終息することを祈るばかりです。(K)

s-断面土層

s-墓壙検出

s-墓壙発掘

s-DSCN0162.jpg


〈参考文献〉
置田雅昭1996「地下遺構探査法の考古学的活用の実践研究-宮崎県西都原古墳群原口地区における調査-」『遺跡探査』文部省科学研究費補助金重点領域研究『遺跡探査』第4回研究成果検討会議論文集
岸田徹2000「宮崎県西都原地区酒元ノ上横穴墓群のレーダー探査」『古事』第4冊、天理大学考古学研究室
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