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平城宮跡、間違い探し

 今週の土曜も、西大寺のならふぁからのアクセスです。今日もいい天気ですが、先週にくらべると、ずいぶんと日差しがつよく、気温も上がって蒸し暑い感じがします。道行く人の服装も、みな、もう夏モードです。今日も屋上に上がって平城宮跡を眺めてみたのですが、どうも、何か違和感があります。

 みなさん、どうぞ、先週の写真と見比べてみてください。なにかが違っています。いったい何が違っているでしょうか。私も写真を比べてみて、なるほどと納得しました。比べてみると一目瞭然ですね。(K)

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あれから10年、年代測定、火山灰

 金曜朝1時間目の考古学概論、今回は、前回のテーマ「年代の理化学的測定法」の続きから始まりました。年輪年代法、AMS炭素年代法については先週の授業で取り上げましたので、熱ルミネッセンス法など、その他の理化学的年代測定法に触れたあと、20分ほどのビデオを見て、新しいテーマ、「層位学と年代」へと進んでゆきました。

  見たビデオは、ちょうど10年前、2000年の冬に放映された「報道特集」の一部。あの旧石器捏造事件を取り上げたものです。もうあれから10年になるのですね。私の家は毎日新聞なのですが、秋も深まったある日曜日の朝、いつものように郵便受けに新聞を取りに行き、1面トップのみならず、何頁にもわたって紙面を埋め尽くした大スクープ記事を見て、ぎょっと、のけぞったことを鮮明に覚えています。今の受講生は、平成生まれで、捏造事件の頃はまだ小学校の3年生くらいの頃でしょうか。生々しいリアルな映像を見て、「当時の実情がはじめてわかった」との感想を書いてくれた人もいました。

  ビデオでは、上高森遺跡の火山灰層の年代測定をおこなった、熱ルミネッセンス法の第一人者、奈良教育大学の長友先生(現学長)も登場して、測定された約50~60万年前という年代は、あくまでも、火山灰層の年代であって、あとから石器が埋められることなどは全く想定外とのコメントを述べておられました。その後、当時、神の手と呼ばれたF氏が関わった遺跡は、日本考古学協会が検証発掘をおこない、2003年に刊行された報告書で、すべてクロであるとの結果になり、現在に至っているわけです。
  
  2000年になってからの10年間、考古学も非常に厳しい時代を過ごしてきたように思います。考古学という学問自体が問われ、考古学を取り巻く社会的な環境もまた、日本の政治経済が混迷を続ける中でたいへん厳しいものがありました。しかし一方で、厳しい状況であるがゆえに、さまざまな逆風をバネにして鍛えられ、理論面でも、実践面でも大きく進展したという側面も認められると思います。もしかすると、あるいは逆に、80年代、90年代にかけての、イケイケの時代の方がむしろ特殊だったといえるのかもしれません。

 こうした状況の総括は、まだきちんとなしえていないのだろうと思います。(K)

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