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卒論演習、発表2巡目も終了

  水曜の午前、2限目の卒業論文演習。私が担当のクラス(O先生と合同)は、今日で、発表の2巡目が終了。一部に積み残しの人がいますが、発表の1回目、2回目が終わりました。これまで、それぞれのテーマについて、とにかく、研究史を勉強して、その報告をしてもらうことを主眼にして、進めてきました。

  研究史を重視するのは、卒論で自分が扱うテーマについて、これまでに誰がどのような研究をおこない、現在、どこまで研究が進んでいるのか、といったことをまず把握しておく必要があるからです。言葉で言うのは簡単ですが、文献を集めて、読み込んでゆき、それを適切にまとめてゆく作業というのは、実際にやってみると、実は、なかなか手強いことがわかります。必要な文献を集めること一つをとってみても、さまざまな苦労が伴うはずです。

  そういうわけで、目下、文献リストのアップデートが課題になっていますが、それを踏まえて、考古学分野で卒論を書く4年生が対象に、来週の月曜と火曜に、教員・学生ともども、2回に分けて橿考研の図書室にお邪魔をして、文献調べをさせてもらう予定です。2回め以降は、紹介状を持参のうえ、それぞれ個別に出かけていってもらいます。(K)

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水田風景、いま、むかし

 自宅から大学へと自転車で向かう途中、田井庄集落の近辺は、新しく開発されたハイツやワンルームマンション(天大生がたくさんいます)や個人の宅地に挟まれながらも、昔と変わらない水田風景が残っています。今日は、水田の水口(みなくち)から水田へと取水をしている場面を見ることができました。

 昨日も書きましたように、水が張られた水田は生き物の絶好の生息場所。この季節、夜になると、自宅の裏にある水田から、カエルの鳴き声がにぎやかに聞こえてくるようになります。都市化が進む以前の奈良盆地は、そうした水田風景が一面に広がっていたわけですが、今は、(乱)開発が進んで、どこも虫食い状態になっています。

 考古学の話になりますが、奈良盆地の開発が進んで、水田風景が広がるようになるのが弥生時代以降になってからだということは、奈良教育大学の金原先生の花粉分析の研究で示されていましたが、弥生時代の水田そのものは、これまであまり見つかっていませんでした。奈良盆地は、現在の地表から50~70cm程度下げると弥生時代の面になってしまい、中世の土層の直下が弥生時代の層だったりします。つまり、中世以降の削平が激しく、弥生時代の水田面は、あったとしても遺構として残っていないことが多いわけです。

 ところが、最近、京奈和自動車の建設に伴う発掘調査で、橿原市から御所市にかけての一帯で、弥生時代、それも前期の水田遺構が累々と検出され、びっくり仰天しています。昨年度、御所市で行われた弥生水田の調査成果は、今度の7月10日、近畿弥生の会で、天理大学の非常勤講師を務めている岡田憲一氏による報告がありますので、関心のある人は、是非、参加をしてください。(K)

近畿弥生の会 大阪場所

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