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梅雨入り、報告書発送、布留遺跡

  近畿地方もようやく梅雨入りしたとのニュースが伝わってきました。じめじめした蒸し暑い天気がこれからしばらく続くことになります。天理市内の水田も、この週末でほとんど田植えが終了し、風景も梅雨モードにすっかり切り替わりました。

  今日は、午後から、科学研究費の報告書(『東大寺山古墳の研究』)の発送準備作業を天理参考館でおこないました。多くは機関宛ですが、一部、報告書作成に際してお世話になった個人の方も含まれています。市販本は真陽社からほどなく刊行予定ですので、いましばらくお待ちください。

  窓から北側の一帯を眺めてみたのですが、青々とした緑のなかに、天理教の神殿や「おやさとやかた」などの特徴的な建造物が立ち並んでいるのがよく見えます。このあたり全体が古墳時代の大規模集落遺跡として知られる布留遺跡にあたります。古墳時代前期の土器の代名詞、「布留式」の由来となった遺跡としても有名です。

  参考館には、3階展示室前のロビーを利用して、布留遺跡出土資料の展示コーナーが設けられています。解説パネルの地図を見ると、布留遺跡や西山古墳、石上神宮など、大学周辺の遺跡や文化遺産の位置関係がよくわかります。ついたての裏側にも木製刀装具などが展示されていますので、お見逃しのありませんように。(k)

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京都、奈良、航空写真

 goo地図で、京都の御所周辺、奈良の平城宮跡周辺、天理大学周辺の航空写真を見てみました。それぞれ特徴的な景観を呈していることがよくわかります。(K)

s-s-京都御苑 空中から

s-s-平城宮跡 空中から

s-大学周辺2

京都御苑、ケヤキの大木

  昨日は、文化センターでのレクチャーのあと、新聞社の社屋に立ち寄ったのですが、そこから見える京都市内の眺めがなかなかのものでした。大文字山をはじめとした東山の山々を背景に、ビルが建ち並び、寺社が点在しています。

  京都御苑がすぐ近くにあり、暑かったのですが、少し散策をしてきました。かつては御所を囲んで、公家屋敷が建ち並んでいた区域ですが、明治になり、植栽がなされて公園として整備され、現在に至っています。百数十年の間に木々も大きく成長し、巨木になっているものも多く見られます。

  写真のケヤキの木は、御苑の森の樹高トップ1で、樹高30m、幹周406cm、直径128cmだそうです。環境省が1988年と2000年におこなった巨樹巨木林調査結果にもとづいたデータベース(約68,000本)にも登録されていて、唐古・鍵の大型建物に用いられている材よりひとまわり大きいと言えます。途中で枝分かれをする樹相がやはり特徴的です。(K)

全国巨樹・巨木林データベース

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山の辺の古墳群、天神山古墳、説明板

  今日は、昼から、京都新聞文化センターで、「山の辺の古墳群と初期ヤマト王権」という話をしてきました。山の辺地域の古墳群の調査研究、保護・活用の歴史に焦点を当てながら、個々の古墳を見てゆきましたので、むしろ、「山の辺の古墳群と近代国家」あるいは、「山の辺の古墳群と現代社会」といった内容になってしまったかもしれません。

  講座の準備をしながら、大和天神山古墳に新しく設置された説明板(平成21年3月設置)も多国語対応になっていることに気がつきました。赤土山古墳の説明板は日・英・中・韓の四カ国語で、天神山古墳の説明板は日・英・韓の三カ国語ですが、多国語対応という点では、赤土山古墳よりも先んじています。

  天神山古墳は、1960年、現在の国道169号線を敷設する際に、墳丘の約半分がざっくりと削り取られてしまい、伊達宗泰先生が埋葬施設の緊急調査をおこなった古墳です。木棺の一部が残っていて、多量の朱と多数の鏡が出土しましたが、黒塚古墳と違って、三角縁神獣鏡は含まれていませんでした。説明板には、後年、伊達先生が花園大の学生たちと再作成した精密な実測図が用いられています。
  
  黒塚古墳、天神山古墳ともに、多数の鏡が出土しましたが、長さは100mを少し超える規模で、オオヤマト古墳群では中クラスの前方後円墳です。このクラスの古墳は、古墳時代前期、他の地域ではトップクラスになる規模ですが、そうした前方後円(方)墳が多数集まっているのがオオヤマト古墳群の特徴で、初期ヤマト王権の連合的な性格を示していると思われます。

  黒塚古墳のすぐ近くにある天神山古墳ですが、これまで、史跡に指定されておらず、また、現地には説明板もありませんでした。新しく県史跡に指定されたことに伴って、県が説明板を設置したわけです。喜ばしいことに、最近になって、天理市内の古墳について、説明板を設置する取り組みが進んでいますが、見学者が現地に立って各古墳の意義を理解し、実感するためにとても役立ちますし、ひいては、貴重な古墳の保護にもつながってゆくはずです。説明板の有り無しは大違いだと思います。(K)

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s-図2

s-天神山周辺4
goo地図から

七支刀解説ボランティア終了

  昨日をもって、1ヶ月にわたる七支刀の特別拝観が終了しました。天理大学の歴史文化学科の教員・学生、天理市の山の辺の道ボランティアガイドが協力しながら、七支刀の解説ボランティアを進めてきたきたわけですが、無事に終了して、とりあえず胸をなで下ろしています。学生のみなさん、本当にお疲れさまでした。

  大変ではありましたが、国宝七支刀を間近に見ながら、解説をするという貴重な体験をすることができました。始まる前は、いったいどうなることかと少し心配もありましたが、終わってみると、あっという間だったようにも感じます。

  残念ながら、これから先、七支刀の公開は予定されていないとのことです。最後の拝観が終わった後、挨拶をしてから、解説用のパネルやファイルを片付けて、研究室に持ち帰っておきました。(K)

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考古学概論、火山灰層、西都原古墳群

  本日、朝1限目の考古学概論は、「層位学と年代」がテーマでした。広域火山灰の問題が中心的なトピックのひとつでしたが、そのなかで、10数年前、宮崎県西都原古墳群の酒元ノ上地区でおこなった現場の写真を教材に取り上げました。

  西都原古墳群は、古墳時代前期から後期にかけて、墳丘をもった古墳が累々と河岸段丘上に展開し、日本を代表する古墳群のひとつとして知られています。置田雅昭教授(当時)が率いる天理大学チームが調査をしたのは、地下式横穴墓といって、地面に墓道の竪穴(シャフト)を掘って、さらにそこから横に墓室を刳りぬいてゆく南九州に独特の埋葬法を採用する墓制です。

s-図1

  天理大学では、平成4年、考古学研究室の開設に際して、地中レーダ探査機器をいちはやく導していました。それを活用し、レーダの応答が捉えやすい火山灰層が広がる南九州をフィールドにして、考古学における地中レーダ探査の有効性を確認することが調査の目的でした。地下式横穴墓は、破壊されずに残っていれば、地面の下にぽっかりと空洞が存在するわけですから、地中レーダでは、断面図上に、傘型の特徴的な応答が明瞭に現れることになります。

  西都原古墳群の酒元ノ上地区の地下式横穴墓では、幸い、地中レーダの明確な異常応答を捉えることができましたので、その検証のために、墓道の発掘調査もおこないました。墓室の開封はおこなわず、墓室入り口に小さな穴を開け、ファイバースコープを使って中の様子を観察しました。今は、古墳や遺跡の調査に際して地中レーダ探査をおこなうことは珍しくなくなっていますが、当時としては先駆的な試みだったと言えます。

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  さて、本題です。現場には、ちょうど高さ1mほどの崖があり、その崖上の平坦地に調査区を設定したのですが、探査と発掘調査に先立って、崖面の清掃作業をおこなったところ、写真のようなきれいな火山灰層(おそらくアカホヤか)の堆積が認められることがわかりました。アカホヤだとすれば、6,300年前に喜界カルデラの噴火によって火山灰が広域に降下した層ですが、南九州では、縄文早期と前期を分ける鍵層になっています。

  ところが、現場の崖面では、途中から火山灰層が途切れてしまっています。これはなぜでしょうか、というのが今日のミニテストの問題でした(とくに成績とは関係ありません)。受講生の解答で多かったのは、地震によって地層がずれてしまったのではないかというものでした。残念ながら、これは正解ではなく、火山灰層があとから掘られた穴によって切られてしまっているというのが正解です。ちょっと写真がわかりにくかったでしょうか。

  当時、同じ問題を現場に参加していた学生たちに聞いたのですが、U君の答えが秀逸で、現場での珍問答を今も忘れることができません。
  
  私 「どうしてこの部分は火山灰層が途切れているのでしょう」
 
  U君 「そこだけ火山灰が降らなかった...」

  一同 (笑)

  私 「ほー、なるほど。。。」(座布団1枚)

  懐かしいですね。Uさん、お元気ですか?? 
 

追記:  宮崎県の口蹄疫問題、早く終息することを祈るばかりです。(K)

s-断面土層

s-墓壙検出

s-墓壙発掘

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〈参考文献〉
置田雅昭1996「地下遺構探査法の考古学的活用の実践研究-宮崎県西都原古墳群原口地区における調査-」『遺跡探査』文部省科学研究費補助金重点領域研究『遺跡探査』第4回研究成果検討会議論文集
岸田徹2000「宮崎県西都原地区酒元ノ上横穴墓群のレーダー探査」『古事』第4冊、天理大学考古学研究室

等高線実測 四つ葉 桑の実

  4限目の考古学実習は、2年生の専門科目ですが、6月に入り、こちらも、実践的な実習が本格的に進んでいます。先週は、平板とレベルを使った等高線測量の原理を座学で学んだあと、天理図書館横の芝生の高まりを利用して、実践編に入ったところで、突然の雷雨になってしまい、大急ぎで片付けをしたのでした。

  今日は青空の広がる好天で、日差しが強く、汗を流しながらの野外実習となりました。今年の実習生は人数が少なく、2班体制で作業をしていますが、両班とも、先週と同じように平板を立てて、レベルの機械高を計算し、25cm間隔での等高線を描く作業を着々と進めることができました。現場での計算やメモなどは、研究室特製の野帳(フィールド・ノート)を使っておこない、アリダードを使って、方眼紙に測点を記録してゆきます。
  
  みな、平板やレベルの使い方も慣れてきて、また、役割分担をしながら、声のかけあいもできるようになり、チームワークがだんだんと身についてきたように思います。軽口を言って楽しみながら作業をおこなうく余裕さえあったりします。

  さて、大学の構内は植物が豊富ですが、今日は、先週に続いて、四つ葉のクローバーがみつかりました。桑の木もたっぷりと実を付けています。(K)

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就活、進路部、道しるべ

  今の時期、4年生のみなさんは、卒論だけでなく、就職活動、いわゆる就活でも大変な努力を強いられていますが、就活についても、卒論の場合と同様に、山登りにたとえることができるのではないでしょうか。どの山に登るのか、その山についての研究をおこない、自分の能力や適性を見定めつつ、準備を重ねて、エントリーをおこなって、試験や面接に臨まなければなりません。

  そうした活動の道案内をしてくれるのが、大学の進路部です。一昨日の夕方に開催された「就職情報懇談会」では、昨年来の厳しい就職戦線の状況の説明とともに、4年生でも、進路部に「登録」をおこなっていない人が若干いるとの報告がありました。進路部への登録が、まず山登りのための第一歩の入り口です。 大学における就職の斡旋は、進路部が、職業安定法第33条の2(学校等の行う無料職業紹介事業)に基づいて、厚生労働大臣に届け出たうえ、無料で行われるものです。「登録」をおこなっていなければ、そうした道案内のサービスを受けることができません。

  文学部の場合、卒業後の進路は多様であり、必ずしも、企業への就職を希望しない人がい多いのが特徴だと思いますが、もし心当たりのある人は、至急、進路部に行って、登録をするようにしましょう。

  3年生のみなさんも、来年に向けて、いよいよこれから、ガイダンスなどが本格化してゆきますので、情報をきちんと受けとって、今何をしておけばいいのか、これから何をしなければならないのか、きちんと確認をしておくことが大切です。まずはガイダンスに参加して、写真の『PLACEMENT GUIDE 2011』をゲットしましょう。進路部作成の手帳(小冊子)ですが、大変よく出来ていて、これからの就職活動に必ず役に立つ道しるべになってくれるはずです。(K)

天理大学HP 進路・資格・就職情報

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卒論、山登り、中間発表

  昨日の卒論ゼミ、発表も3巡目に入りましたが、これまでの研究史の勉強を踏まえ、それぞれ、自分が扱うテーマに、どのような具体的な課題があり、また、これからどのような作業をおこなってゆけばいいのか、といったことが見えるようになってきたのではないかと思います。

  私は卒論をよく山登りにたとえるのですが、卒論というものは、山を登ってその頂上にちょこんと小さな石をひとつ置くことができれば合格である、と言っています。研究史の勉強というのは、、先人が積み上げた石によってだんだんと高くなった山を登る作業にあたるわけです。険しい坂道のこともありますが、先人が歩んだ道を辿りつつ、途中の風景も楽しまなくてはなりません。そのプロセスにこそ醍醐味があるのではないでしょうか。 ロープウェイに乗って、途中をすっ飛ばしてしまうこともできるかもしれませんが、それではやはり寂しい気がします。

  テーマによって、高い山もあれば、そんなに高くない山の場合もあるかもしれません。高い山であればあるほど挑戦のし甲斐がありますが、逆に、自分の能力や限られた時間などとの相談をしなければなりません。かといって、簡単に登れてしまう低い山をテーマに選んでしまうのも、物足りないように思います。

  山の高低はともかくとして、12月、頂上に到達し、自分が運びあげた石をそこに置くことができたときの達成感を味わうことができるよう、計画を立てて、ペースをはかりながら、一歩、一歩、目の前の課題を進めてゆくことが大切です、

  とはいえ、卒論の作成というものは、長丁場ですから、ときにはぐんぐん進み、ときにはスランプに陥ってしまうこともあるでしょう。また、いつの間にか、脇道に入ってしまったり、道を迷ってしまうことがあるかもしれません。週に一度の卒業論文演習を、1週間サイクルでリズムを整え、進路を見定めるための道案内として、有効に利用してもらいたいと思っています。

  7月7日、14日は、いよいよ卒業論文の中間発表です。それに先立つ6月30日は、卒論の正式題目の提出締め切りですので、四年生のみなさんは、各自、卒論ゼミで、担当教員(主査)の指導を受けるようにしてください。中間発表の予定は、本日、研究室の前の掲示板に張り出しました。(K)

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去年の12月の写真です。

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同じく去年の12月です。いい写真ですね。
今日は、夕方、右のMさんが研究室を久しぶりに訪ねてくれました。

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去年の12月、新幹線の車中から撮影しました。

東大寺山古墳の報告書についての問い合わせ

  コメント欄にて、東大寺山古墳発掘報告書の刊行予定と申し込み方法についての問い合わせがありました。科学研究費の報告書はすでに完成しているのですが、市販品ではありません。市販品につきましては、京都の真陽社からほどなく発売予定です。定価は、まだ正式に決定していませんが、送料込みで1万円を超えないはずです。詳細は、真陽社にお問い合わせ下さい。(O)

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