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広々としたキャンパスは電線が地下埋設

 今日の考古学実習の時間、改めて感じたのですが、今のこの季節、大学構内も緑がきれいで、また、とても広々として見えます。これは、天理教の神殿から「おやさとやかた」の南棟、大学、高校にかけてのエリア全体について、早くから、電線が地下埋設されていて、電柱がなく、電線がごちゃごちゃと張り巡らされていないことが大きな理由です。日本では、景観にとくに配慮している場所で地下埋設が行われていますが、まだ珍しいのではないかと思います。4月に考古学研究会が開催された岡山大学も、やはり、電線が地下埋設で、広々とした空間が展開していました。

 以前に訪れたパリやベルリンでは、あたりまえのように市内に電柱がなく、また街路も広々としていて、町並みが開放的だったのが印象的でした。ヨーロッパの都市では全く珍しくありませんが、日本では千代田区などが電線の地下埋設の普及が進んでいるようですね。日本で電線の地下埋設がなかなか進まないのは、やはりコストの問題なのか、それとも何か別の理由があるのでしょうか。

 実習中、電気と書いたマンホールの蓋を撮影していたら、「何でそんなもの撮ってるんですか」と、学生に不思議がられましたが、理由を説明しましたら納得してもらえました。(K)

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考古学実習、水準測量

 午後の4限目は、2年生が中心の考古学実習。この授業も今日で春学期の折り返しです。先週は、キャリアデザインの加藤先生の授業に合流したのですが、今日は、天気もよく、3週間ぶりの野外での実習となりました。先々週は、実習室内の座学で水準測量、つまり高さを測る原理や方法を学びましので、今日はそれを受けての実践編です。大学構内、体育館前の駐車場には、研究室が業者に依頼して設置した3級の基準点があり、そこから、図書館横の芝生の高まりの地点まで、レベルを使って、直接法によるレベル移動をおこないました。

 前回の授業でレベルの扱い方は勉強していたのですが、やはり実践となると、最初は機械の操作にとまどう受講生もいたようです。現場で難しいのは、レベルの操作もそうですが、むしろ、ワークフローを頭において、目標の方向に向かってレベルをどの場所に適切な高さでたてるかという選地の判断の方かもしれません。地形の傾斜や障害物の有無を考慮しつつ、適切な距離を見定めるなど、こうしたことは、理屈を覚えると同時に、経験を積んで、ノウハウを身につけてゆくしかないですね。

 今日の実習では、班に分かれて、作業を繰り返しているうちに、だんだんと要領がわかってきて、もう大丈夫かなと思っていたら、ゴール間近になって、ひとつの班が、初歩的なミスをしてしまいました。でもまあ、失敗も勉強のうち。失敗してみないとわからないこともありますから、次回は、間違えないようにすることです。今日の作業の成果は、実習の日誌に作業や計算の結果を記して提出してもらいます。(K)

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清々しい朝の石上神宮

 昨日と同じく肌寒い一日でした。今日はしばらくぶりの七支刀解説ボランティア、歴史学専攻3年生の0さんといっしょに、午前の部の担当をつとめました。集合時間より少し早めの9時過ぎに境内に入り、しばらく散歩をしてみましたが、雨もあがった朝の神宮の空気は、何か清々しい気分にさせてくれます。

 境内には、写真を撮ってみたくなる多くの歴史的記念物があります。石灯籠もそのひとつですが、石に刻まれた文字を見ると、江戸時代の年号が入ったものには「布留社」の名前が使われ、明治以降のものには「石上神宮」の名前が使われていて、近代になり、石上神宮の性格が変化したことがわかります。

 石上神宮は、天理から桜井へと続くハイキングコースとしての山の辺の道の起点になっていることが、案内板や標識からうかがえます。今日は久しぶりの好天で、暑くもなく、ハイキング日和だったと思いますが、七支刀拝観者以外にも、リュックサック姿のハイカーをたくさん目にすることができました。(K)

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メキシコ展、文化変化

 ひとつ前の記事で、文化変化を考古学的にどのように解釈するかに関連して、天理参考館のメキシコ展に話が及びました。せっかくですので、メキシコ展の宣伝をしておきます。この展示は、天理参考館創立80周年記念の第1弾として、現在開催中です。
 
 メキシコにおけるコロンブス以前・以後の文化変化の要因は、もちろん、スペイン人の暴力的な征服という歴史的な大事件です。アステカの在来の文化が徹底的に破壊され、スペイン人が持ち込んだ新しい文化や習俗が浸透していったということが、展示してあるさまざまな資料、物質文化のうえからよくわかります。私にとって興味深いのは、その一方で、在地の伝統的な文化・習俗が変容しながらもたしかに残存・継続したところがあるということです。

 スペイン人が、在来の習俗や生活文化に関わる事物について精密な絵図を作成して1冊にまとめた貴重な書物も実物が展示されています。

 文化変化の顕著なひとつの事例を展示の中に見ることができると言えます。8月9日まで開催中ですので、是非、ご来観ください。

 文化の変化、あるいは変容といったテーマは、民俗学でも大事なテーマかと思うのですが、このあたり、Y先生、いかがでしょうか、と振ってみたりします。(K)

天理参考館メキシコ展


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本日、大和弥生文化の会、月例談話会

 本日夜、下記のとおり、大和弥生文化の会の月例談話会が開催されます。県内で文化財関係の仕事をしている若手が10名ほど集まります。天理大学の卒業生も多くいますし、ふだんから、天理大の学生もよく参加しています。この3月には、春に卒業した先輩2名が、この談話会で卒論の内容を発表しました。せっかく学内でおこなわれますので、少し時間が遅いですが、弥生時代に関心のある学生、あるいはそうでない人も大丈夫でですので、是非参加してみましょう。

  ・日時:本日5月27日(木) 7時30分から

  ・場所:天理大学考古学実習室

  ・内容:豆谷和之「沢遺跡の意義」

  ちなみに、豆谷さんは、現在、田原本町の総合企画部にご勤務ですが、唐古・鍵遺跡の発掘調査に長く従事し、大型建物2棟の調査を担当された方です。また、弥生文化の成立期に関する意欲的な研究者として知られています。今回のご発表は、豆谷さんが現在お住まいの宇陀市にある沢遺跡にかんするものですが、沢遺跡は、縄文時代晩期から弥生時代前期にかけての土器が層位的に出土し、縄文時代から弥生時代への移行を考える上で非常に重要な遺跡として注目される遺跡です。

  縄文から弥生への変化に限らず、ある特徴的な時代から別の時代への移行期を考古学的にどのように理解するかというのは、地域や時代に関わらず、興味深く、また難しい問題だと思います。この間のウシュシュキン先生の講演会も、カナン時代からイスラエル時代、あるいは、後期青銅器時代から鉄器時代への移行期に焦点をあてるものでした。かつては、新しく人間集団が移住してきたという移民説あるいは侵略説が主流だったのが、ちょうど江戸時代から明治時代への変化のように、人間の入れ替わりではなく、異なる文化の交流とその刺激の中で、平和的に新旧の文化が移り変わったという理解に学説がシフトしてきたのは、地中海東岸地域も日本列島も何か似ているように感じます。

 一方で、人類の長い歴史の中で、人間集団の移動(移民)や政治的な危機、暴力的な戦争などといったことが現実に存在し、それがきっかけで文化的な変化に至る場合があるという事実も大事ですから、文化の変化というものは、さまざまな複合的な要素や可能性があるということを考えておく必要があると思います。

 現在、天理参考館で開催されている「メキシコ展」を見ると、コロンブス以前と以後で、「古代」と「現代」に時代が分かれ、歴史や文化が全く変化してしまっていることが、物質文化の上からも明瞭であることに愕然とさせられます。とても興味深い展示ですので、是非、ご覧下さい。

  沢遺跡の話に戻ります。ともあれ、古い文化から新しい文化への移行に関する議論ですが、どこかの捜査機関のように、さきにストーリーありきという形ではなく、遺構・遺物という考古学的な証拠に基づいて、どのような仮説がもっとも適合的で可能性が高いのか、検証可能な議論をおこなうことが重要なのは言うまでもありません。そういう意味で、今日の豆谷さんの発表を大いに楽しみにしています。有名な豆谷節がきっと炸裂するはずです。学生のみなさん、是非、参加しましょう。(K)

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