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加藤さんの授業、いろいろと考えさせられる名授業でした

 本日、4限目、長岡市立科学博物館の加藤由美子さん(考古学専攻第4期生)が、キャリアデザインの授業で、歴史文化学科の学生を含む全学の受講生に、専門的職業に関わる事柄を中心に、自らの体験談を披露しました。タイトルは「学生時代の経験を就活に活かすために」。授業時間の90分をフルに活用して、後輩への強いメッセージを送ってくれました。
 
 内容が濃くて、とても簡単には要約できませんが、北海道で過ごした高校時代には進学ではなく就職をめざした努力をしていたが、関西への修学旅行を契機に奈良での勉学を志したこと、天理大学時代に参加した天理市教育委員会の発掘調査の仕事を通して職業観を身につけ、専門的な職業に有用な技術や知識を得たこと、当時は自身の興味から受講していた大学の授業(「文学」や「芸術論」)や課外の古文書を読む会などで得た知識や経験などが現在の仕事で思いがけず役に立ち、自らの糧になっていることなど、の話が印象的でした。

 その後、詳細は省きますが、4年生秋からの就職活動での苦労話、現在の仕事に付いてからの出来事や体験など、興味深い話が続き、つい最近関わった展示作業(戊辰戦争で沈没した蒸気船、『順動丸』のシャフト)のエピソードが紹介されました。人口約1万の小さな町(寺泊町)の教育委員会での仕事は、幅広いさまざまなことをしなければならず、大変だったが楽しく鍛えられ、人とのつながりも豊かだったのに対して、隣接する大きな市(長岡市)に吸収合併されてからは、仕事の内容は縦割り細分化されてしまい、逆に広がりがなく悩んでいるなどといった話は、仕事の面白みという点で、大企業か、中小企業という選択において、一般企業でも共通しているのではないかと思いました。大学もまたそうかもしれません。

 市町村で実践されている文化財や社会教育、博物館の仕事の実際、人とのつながり、そしてその中でどのように自らが変わってきたのか、また、これから変わってゆこうとしているのか、当事者の体験を通して、非常にリアルに語られたわけですが、受講生諸氏も、めざす道はさまざまですが、刺激を受けいろいろと考えさせられた授業だったのではないでしょうか。拍手。

 加藤さん、今日はどうもありがとうございました。(K)

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加藤さんに感謝の拍手とコメントをお願いします。
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「泰□四年」と「中平」、ふたつの紀年銘資料

 今年は、遷都1,300年ということで、奈良県内の各地で社寺の特別開帳が行われ、今週から、石上神宮の国宝・七支刀の特別拝観が始まっています。昨日3日目は、特別拝観が始まってから初めての雨天になり、そのためかどうかわかりませんが、予定よりも拝観者がやや少なめでした。

 今回、歴史文化学科(ほか)の教員・学生は、解説ボランティアを担当するということで、実物の七支刀をつぶさに拝観するまたとない機会が得られているわけですが、七支刀の金象嵌銘文は、同じ天理市内の東大寺山古墳から出土した中平銘鉄刀の金象嵌銘文と比較すると、技法と書体ともに少し見劣りがするように思われます。もちろん、これは石上神宮で神宝同様に扱われ、国宝に指定されている七支刀の価値や歴史的意義を損なうものではありませんが、客観的に見て、中平銘鉄刀の金象嵌銘文の方が、技術的に優れていると言わざるを得ません。

 その東大寺山古墳の中平銘鉄刀は、後漢の中平年間(184~190)、つまり、2世紀末の時代の中国と倭の交渉を裏付ける非常に貴重な資料、日本列島最古の紀年銘資料として知られていますが、この銘文鉄刀も、今秋、遷都1,300年の協賛、天理参考館創設80周年記念、そして、東大寺山古墳の発掘調査報告書出版を記念して、天理参考館で、実に40年ぶりの里帰り展がおこなわれます。

 そういうわけで、今年は、春と秋、天理が誇る紀年銘資料が揃って市内で公開されるという意義深い年になりました。東大寺山古墳の特別展に関しては、銘文鉄刀だけでなく、出土資料の多くが一堂にずらりと展示されますので、必見です。東大寺山古墳の発掘調査報告書は、真陽社からまもなく出版です。 (K)

創立80周年記念特別展 よみがえるヤマトの王墓-東大寺山古墳と謎の鉄刀-

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