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テル・レヘシュの調査進む

イスラエル、テル・レヘシュの発掘調査も第3週を迎え、作業を急ピッチで進めています。
この週末には、1泊で、死海・エルサレム方面へのエクスカーションにも出かけました。忙しく厳しいスケジュールの毎日ですが、一同、元気にしています。

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参考館組到着

8月7日未明、こどもおぢばがえりの業務を終えた参考館のスタッフ4名が宿舎に到着し、一休みしたあと、長旅の疲れも感じさせず、元気にエクスカーションに出かけました。

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京都民俗学会

8月4日(火)に京都民俗学会談話会で安井眞奈美先生が発表されました。
「旧産婆と新産婆がいた時代―「奈良県風俗誌」(1915年)にみる出産習俗の変容」という題目で発表され、発表後には様々な意見が飛び交いました。

以下、要旨を掲載しておきます。



要 旨

 近年、奈良県をはじめ全国的に出産を扱う医療機関が減少し、身近な場所で安心して産むことが難しくなっている。発表者は、近代から現代にかけて「産む」「産まない」という生殖に関わる環境や習俗の変容を明らかにしたいと、調査研究を進めてきた。
 本発表では、近代に、西洋医学を身につけた新しい産婆が登場し、また衛生に関する法規が制定されたことなどによって、従来の出産習俗がいかに変容したのかを明らかにしていく。主に参照するのは、1915年、奈良県全域の市町村で行なわれた調査報告書群「奈良県風俗誌」である。当時は、トリアゲバアサンと呼ばれる旧産婆と、近代医学を学んだ新産婆が並存する時代であった。
 このような旧産婆と新産婆が並存する時代の過渡期に、妊産婦やその家族、共同体の人々が、医学の知識を身に付けた新しい産婆を、どのように受け入れていったのかについても考察したい。


テル・レヘシュ発掘調査第1週終了

テル・レヘシュ発掘調査の最初の1週間が終わりました。
こちらでは、ユダヤ人の協力者とイスラムの作業員が共同で作業をしていますので、それぞれの祝日に合わせて金曜と土曜が作業の休日です。
みな、元気で頑張っています。
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テル・レヘシュ第5次発掘調査、始まりました

イスラエルのテル・レヘシュ遺跡発掘調査が始まりました。
8月30日に先発隊が関西空港を出発、韓国のインチョン空港経由で、同日、テル・アビブに到着しました。空港でレンタカーを借りて、さっそく調査団の宿舎となるキブツ・エンドールにやってきました。
キブツから建物を3棟借りて、ひとつをスタッフの宿舎、ふたつをボランティアの宿舎(男女別)にしています。建物の中は広間の他、3~4人用の小部屋が並んでいます。
研究室からは、5名の学生がボランティアとして参加していて、皆、元気にしています。
毎日、朝早く起きて、テルに出発。朝食をテルの上で食べて、昼前まで作業。お昼にはキブツに戻り、食堂で昼食。午後に遺物の水洗いや選別・記録・実測などの作業をおこないます。
調査の様子は、調査団の公式ブログhttp://rekhesh.sblo.jp/でも公開しています。
テルでの朝食


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