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池上曽根遺跡、大型建物

  大阪府立弥生文化博物館で開催された近畿弥生の会の例会(夏場所)に参加してきました。奈良組は、昨日から天理に宿泊していた遠来の数名とともに、車2台で弥生博に少し早めに到着したのですが、早すぎて時間がたっぷりありましたので、博物館の隣接地にある池上・曽根遺跡史跡公園をぶらりと散策することができました。

  いや、博物館が遺跡の隣にあるのですね。池上・曽根遺跡は、エキスポ70を前に計画された大阪と和歌山の直線道路(現国道26号線)の敷設に伴って環濠部分の発掘調査がおこなわれ、その後、1976年、遺跡の中心部が国の史跡に指定され、1991年、遺跡隣接地に府立の博物館が建設されたという経緯があります。史跡指定20周年にむけての遺跡整備に伴う発掘調査で1995年に発見された大型建物は、弥生都市論の拠り所となりましたし、1996年、年輪年代法によって示されたBC52年という柱材の伐採年代は、近畿地方の弥生時代中期後半の年代の定点となりました。

  池上曽根遺跡の大型建物の床面積は、133平米。いったいどのような性格の建物だったのか、議論がありますが、これだけの面積があれば、今なら間違いなく超高級マンションでしょう。(K)
 
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石上神宮、田植え、「さんだムラだより」

  6月に入りました。今年は、4月から5月にかけて、気温の上がり下がりがジェットコースターのようで、研究室でも、天候不順で体調を崩す人が多かったように思います。旧暦の六月を水無月というのは、新暦では7月にあたり、梅雨が明けてカラッとした季節になるからですが、新暦の6月は、梅雨モードで、これから、じめじめとした日々が続きます。ともあれ、夏休みに向けて、6月の長丁場を乗り切ってゆきましょう。

  5月16日から始まった七支刀の特別拝観もすでに前半の2週間が終了し、今週から、後半の部に突入しています。石上神宮や周辺の景観や自然に触れていると、この2週間の間だけでも、季節がうつろってゆく様子がよくわかります。今日は、石上神宮から大学までの帰り道、田植えの光景を目にすることができました。

  近年、環境意識の高まりから、農作業も環境にやさしい手法を用いた減農薬や有機栽培が盛んですが、水をはった水田では、さまざまな生き物を目にすることができます。おやさと研究所の佐藤先生は、そうした原風景としての水田に注目しておられますが、私なども、弥生時代以来、人工的な環境として形成されてきたビオトープとしての水田がもつ役割に、考古学の立場から改めて注目をしているところです。

  弥生時代の研究者で、三田市で文化財担当の仕事をしている、自称ファーマーのYさんは、古い農家に移り住んで、稲作を自らおこなっておられます。考古学では、昨今、実験考古学というものの重要性が再認識され、さまざまな方面で実践されていて成果をあげていますが、Yさんの稲作体験、といいますか、Yさんの場合は農業がもう生活そのものになっていますが、これも実験考古学のひとつの実践であると思っています。あるいは、民俗学や文化人類学で言うところのフィールドワーク、参与観察に相当すると言ってもいいのではないでしょうか。

 Yさんのそうした暮らしぶりの一端は、先だって紹介しました近畿弥生の会のホームページで、「さんだムラだより」として見ることができます。このホームページも、赤穂市教委のAさんによって最近リニューアルされたとのことで、会の事務局長I氏から、以前に紹介しましたアドレスが間違っているとの指摘がありましたので、この機会に訂正しておきます。(K)

近畿弥生の会HP
  
さんだムラだより

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平城宮跡、無線LAN

 今日、明日と、東京の国士舘大学で、日本考古学協会の総会・研究発表会が開催されています。参加したかったのですが、明日は、ウシュシュキン先生や関東の発掘仲間たちが奈良に来るということもあり、残念ながら今年は協会の参加を見送りました。

 というわけで、今日は、家族の用事のため、西大寺のならふぁに来て、待ち時間をマック(マクド?)で過ごし、BBモバイルポイントから、ノートパソコンの無線lANを利用してネットにアクセスして、ブログの更新をしています。最近は、いろいろな場所から無線でネットにつながりますので、便利です。少しお金がかかりますが、Wimaxも普及しつつあり、今春に新しくしたノートパソコンには最初から搭載されていましたので、春休み、お試しの無料サービス期間に大阪で試してみたのですが、すいすいとつながって驚きました。でも、奈良はまだまだだめですね。天理のあたりはさっぱりです。この点、BBモバイルポイントのような無線lanスポットは、月額380円のワイヤレスゲートに登録しておけば、マックでも新幹線N700系の車内でもネットにつながりますので、いざというときのために助かります。

天理大学では、学生なら自習室やPC教室・演習室、あるいは共同研究室のパソコンからネットにつなぐことができますが、学生が購入するノートパソコンなども最近は、無線LANが標準装備されるようになっているわけですから、情報過疎にならないようにするために、大学構内に無線LANのアクセスポイント、あるいはWimaxの基地局が整備され、もっと、自由にネットに接続できる環境が整えられないものかとつぶやいてみたくなります。情報センターでもいろいろな努力をしていただいていますが、環境の整備をよりいっそう推し進めていただければと思っています。

ノートパソコンと言えば、電動アシスト自転車もそうですが、リチウムバッテリーの性能向上が著しいのを実感しています。パナソニックのLet’s Noteですが、一度の充電で、10時間以上、バッテリーが持つので、安心して、持ち歩くことが可能です。またパソコンそのものの性能向上もめざましく、OSも、デスクトップで使っているWindows Vistaにはいつも苦労させられていますが、Windows7はきびきびと動きます。


写真は、車の中から撮影した遷都1300年事業、平城宮跡のメイン会場の風景です。石上神宮の七支刀の特別拝観は土日がお休みですが、こちらは、休日ということで多くの人出があるようです。今日も暑いですね。(K)

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生きた考古学史、『考古学は謎解きだ』

 天理大学の考古学概論の授業で、受講生にまず最初に紹介する本があります。天理大学名誉教授の金関恕先生が1999年に東京新聞社から出版された『考古学は謎解きだ』です。この本は、金関先生が、中日新聞・東京新聞に連載された「この道」という記事をまとめたものですが、金関先生の半生記あるいは自叙伝といってよい内容です。天理大学に38年間勤められ、その間に、日本考古学の学史に関わるさまざまな調査研究に関わられた先生の足跡が、さまざまなエピソードをまじえながら、楽しく語られています。

 生きた考古学史とも言える先生の御著作、天理大学で考古学を学ぶ学生のみなさん、これはもう必読です。卒業生のみなさんは、すでにもう読んでいるはずですね。天理大学時代の身近な思い出や出来事も数多く記されています。

 その金関先生ですが、昨日、消防署の近くにあるご自宅にお伺いをしてきました。来週24日のウシュシュキン先生の講演会においでいただけるようお願いをするためです。幸い、ご予定が開いていて、ご夫妻でおいでいただけることになりました。

 実は、金関先生ご夫妻、この2月に相次いで」事故に遭われ、入院・手術を受けられたということがあり、心配をしていたのですが、お怪我はともかく、いつもとお変わりのない明るくお元気な様子で、少し安心をしました。お怪我につきましては、ご無理をなさらず、早くご回復されますことを、薫陶を受けた一同、心からお祈りをしているところです。(K)

考古学は謎解きだ

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